武川建築設計事務所

新年のご挨拶

2022.01.04更新

令和4年、あけましておめでとうございます。

年賀はがきでのご挨拶を昨年よりやめて、WebやSNSでのご挨拶にて変えさせていただいております。

年賀状作りの作業は筆不精の私にとってほんの数行のメッセージを添えるだけでも大変時間のかかる大仕事で、毎年末の忙しい時期に重圧となってのしかかる、如何ともし難いイベントでした。とりわけここ数年は忙しさのあまり気持ちの乗っていない定型文を右から左に書き込むような状態で、本来なかなか会えない方に近況を伝え、昨年までの感謝の気持と新年を健康に過ごせるように祈願するというなどという意味合いからは遠のいていたように思います。

一昨年思い切ってやめてみたのですが、その年末のゆったりした時間の心穏やかなこと!(送っていただいた方には申し訳ない気持ちで一杯ですが・・)
普段から付き合いのある方々のご挨拶はSNSやWebでほぼ拝見することができましたし、自分からもはがきより解像度の高い近況報告や挨拶を公開することができました。
70を超えた父ともスマホで新年の挨拶メールをやり取りする時代、もうこれで良いのかと思っています。

実家でふと目に入った正月番組で、「お年玉付き年賀はがきのお年玉はなぜついている?」というクイズが出されていました。その回答がなかなか興味深かったです。

お年玉付き年賀状のアイデアは京都の雑貨店を経営する小林正治氏が思いつき、当時逓信省から分離したばかりで郵便事業の黒字化にやっきになっていた郵政省の偉い方にプレゼンし、トントン拍子実現したというなんとも朝ドラになりそうなストーリーがあるようです。
そのアイデアの発端は戦後消息不明となっていた知人からの年賀状だそうで、吉報に感極まる経験をした小林氏は戦後のうちひしがれた状況の中でお互いの消息がわかり、さらにはクジでお年玉がつくという夢をもたせられれば日本も明るくなるだろうと考えたとのことです。

最初の1等賞はミシン。モノのない当時ではサラリーマンの月収の2、3ヶ月分の値段もしたそうで大好評だったようです。ちなみに令和3年の1等賞は「現金30万もしくは電子マネー31万」でした。当たればありがたくはありますが、夢は無いですね・・

そんなことを調べていると、紙媒体でやり取りする年賀状の役割はもう終わったんだと妙に納得してしまいました。距離も関係なくリアルタイムでコミュニケーションが取れてしまうこの時代、さらにはコロナ禍によってものを対面・手渡しで流通させることがはばかられる時代ではなおさらです。

年賀の挨拶の習慣は素敵なことだと思うので残って行くと良いとは思いますが、そのやり方がそろそろ大きく変わるんだろうなと感じています。

つらつらと筆不精の言い訳を正当化してみようと試みた正月でございました。
それでは今年もよろしくお願いいたします。

武川 正秀

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